それまで長い長い付き合いでしたが、ようやく依存から抜けられそうな気配です。
ただ、「治ったぜ!」と素直に喜べば良いものを、何か些細なことで心が揺れるようなことがあると「まだ完治していないから」と、こころの病に甘えてしまう面が少なからずありますね。
病にかかる前と後では性格が激変してしまいました。
前は何をするにも破滅的だったし人に対してはトゲトゲしかったけれど、今は自分でも信じられないほど保守的で物事を始めるにも人と接するのもかなり慎重になってしまいました。
そのギャップに戸惑い、メンタルクリニックの先生に相談をしてみましたが、「病は治っているんだし、とりあえず今の性格を素直に受け入れてみては?」とアドバイスを受けました。
写真はバイクですっ転んだ時にできた膝の傷跡です。 ケロイドみたいになってしまいました。
生傷が治癒しかけた頃は跡形を気にしましたが、幸い生活に支障が出るような部位でなかったので、そのうちに気にならなくなりました。
もしかしたら、私のこころにもケロイドみたいな跡が残っているかもしれません。
今はそれが気になっているし、そのせいでわずかに生活に影響(≠支障)が出ているけれど、そのうちに気にならなくなるかな。
そうあって欲しいです。 ケガは治っているんだしね。
忘れる事はできないだろうけど。
人それぞれ大なり少なりトラウマみたいなものはあります。
ただそれが自分が想像よりも強く深いものであれば、
やはり腫れ物に触るように、気をつけないと自分から崩れてしまったり。
ドラマみたいに、トラウマを克服とかいうけど、それは直球勝負で
トラウマと戦うような事をしなくたっていいはず。
楽しい事、これからの事を、これまで以上に多く経験していけば、
日々そういう事が増えれば、
消え去りそうになる程小さくなっちゃうもんだと思います。
その条件が今揃いつつあります。
パートナーと一緒に、これまでと同じ事をするのでなく、
新しい事をどんどんやってみる事ですね。
独身時代と同じ事を繰り返すのは、土台無理な話。
ただ、バイクに乗ったり、旅をするのを辞める必要はないし、
二人でだってできる事だから。
ただ友人としてはっきりいえる事は、昔よりも今の方が、
友達も周囲の人たちも、ランチョンを受け入れ易いと思う。
いわゆる、歳を取って人がまるくなる、という事に近いかも。
そしてそれには、人生の半分を一緒に過ごす、パートナーの力も
大きく関与してくると思います。
傷あとをなでながら、頭の中ではなんでこうなったんだっけ、
と思い出せなくなる位、楽しい事をしていきましょう。
…まあ楽しい事だらけじゃないのも人生だけどね。
些細な事で私もズーンと落ち込んでしまいますが…(^_^;
ケガをしたのは事実であり、それを完全に消し去ることは無理でしょう。
それはそれで貴重な経験をしたと前向きにとらえ、今後は同じケガをしないよう気をつければ良いかなと思ってます。
同じようなケガを負うのを恐れて、慎重派になっちゃたんでしょうね。
荒削りとはいえ挑戦的じゃなくなった自分も切ないですが、ケガの痛みは経験した人でないと分からないほど厳しいですからね。
もちろんヒトサマには経験して欲しくはないです。
私だってケガする前は他人事としかとらえられず、「まさかわたしに限って」って感覚でしたからね。
これは難しいね。
実は私もある意味引きずっているのだけど・・・
ひきずって甘えているとも取れるし
そういうもの、とも取れるし
じゃなにがホントなんだろうと考えて出た結果は
「自分の感覚を信じよう」ということ。
だから、甘えてるんだと感じた時は甘えてるんだし
そんなもんだと思った時はそんなもんなんだと思う。
それこそ逃げてる様に見えるけど
今のところの私の結論はソレです。
時間を掛けてオーバーホールはしてみたものの、昔のパワーとのギャップに気付いていないかも。
まだアクセルを開けられると期待して、エンジンがまた壊れる以前に、なんか事故ってしまいそうな勢いです(笑)。
ピーク時の性能が出せないのは、それは仕方ないですよね。経年劣化?(笑)。
まずは今の性能を知ることが先決です。
もうしばらくしたら必ずエンストしてしまうし、その時期を無理に延ばそうとは思っていませんが、とりあえずエンジンを労りながら走り続けたいですね。
例えすぎて分からないかな(笑)。